50代が通信制大学で学んだら、人生が面白くなってきた話

「このままでいいのかな」
40代半ばを過ぎた頃から、
そんな思いが心に浮かぶようになりました。

生活のために選んだ仕事は、
気づけば満足するところまでやりきっていて、
子どもは社会へ巣立ち、ふと、自分のこれからを考えるようになったのです。

そのとき浮かび上がってきたのは、10代の頃に抱いていた「大学で学びたい」という夢でした。

「今なら、あの夢を叶えられるかもしれない」

そう思い立ち昨年、通信制大学に入学しました。

想像していた以上に大変です。
でも、それ以上に面白い。

社会人として、学生として、
学びに向き合う毎日は新しい気付きの連続です。

今回は、その途中経過をお届けします。

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春学期はひとりから


通信制大学は自宅学習が中心です。
私の大学が指定した通学必須イベントは、面接試験と卒論発表の最低2回。
それ以外は、選択科目やゼミ所属に応じて通学します。

入学式には参加しませんでした。
「通信制なんて、きっと来る人少ないでしょ」と
思い込んでいたからです。

講義は週明けにオンデマンドで配信され、
自分の都合のいい時間に視聴して課題に取り組む流れです。
一人で淡々と進めることに、とくに違和感はありませんでした。

講義内で同級生と意見交換することはあっても、
深く関わるやりとりはなし。
講義以外のちょっとした疑問を聞ける人もいません。

でも「通信制なんだから、こんなものかな」と思いながら、黙々と課題に取り組む日々が続きます。

そんな春学期も終盤に差しかかった7月、
大学から「秋の懇親会のお知らせ」のメールが届き、「絶対に行こう」と決めました。

上司の一言


上司との面談で通信制大学に通っていることを伝えました。
すると、

「楽に入れていいね」

という思わぬ一言。
苦笑するしかありません。

私にとって大学は「入ること」が目的ではありません。仕事に支障を出さないことは大前提です。
でも、面談では始終「趣味程度にしておいてね」というような、どこか突き放すような空気に心がざわつきました。

会社の評価だけに揺さぶられない場所を、自分の手でつくりたい。そんな思いが、心の奥でふつふつと湧き上がっていたのです。

レポート全提出の爽快感


「終わったぁ。よしっ」

春学期が終わる7月下旬、
必死に書き上げたレポートをすべて提出し終えた瞬間、思わずガッツポーズしました。

なんでしょう、この味わったことのない達成感。
大袈裟ですが「やりきった自分、えらい」と声をかけたい気持ちです。

私の大学では最短3年で卒業することも可能ですが、4年で卒業と目標を定めました。「課題提出プレッシャー」の中で追い立てられるように学ぶのは苦手だからです。

それでも、夜遅くまで課題に取り組む日もありました。通勤電車でまぶたを開けたら、すでに最寄駅に到着していた日も。
「この時間は勉強にあてるはずだったのに」と
後悔しました。

そんな日々の積み重ねが、少しずつ自信になっていく感覚。
大人になってからの学びには、不思議な手応えがあります。



秋になり、通信制対象の懇親会へ行きました。
驚いたのは、入学式に参加していた同級生のLINEグループが作られていたこと。

「春学期、ひとりで頑張ってたの? それは大変だったね」

そう声をかけられた瞬間、胸がいっぱいになりました。
入学式に参加していれば良かったと反省しつつ、ようやくできたつながりに感謝したのです。

母への言えない気持ち


年末、父の三回忌で実家へ帰省しました。
片道3時間の道のりは、それなりに長いけれど、それ以上に気が重いのは、母との距離感です。

実は、今でも母には大学の話をしていません。
「勉強するヒマがあるなら、もっと顔を出しなさい」
きっと、そんなふうに言われるのが目に見えているからです。

高校生の頃、
「四年制大学で学びたい。お金は働いて返すから」と、
何度か訴えました。

でも、母の返事はいつも決まっていました。

「女の子は行くものじゃない」
「短大に行けるだけありがたいと思いなさい」
「そんなに言うなら、家を出なさい」

いっぽうで、2つ下の弟には大学進学を当たり前のように勧め、仮面浪人や再入学も、両親は全面的にで支えていました。
あのとき感じた「女に生まれたことへの悔しさ」は、今でも忘れられません。

つづいて思い出すのは、
働いていた会社がある朝突然なくなった日。
そして、
1歳の息子を抱えながら、
ハローワークの端末をスクロールした日。

採用条件「四大卒」の文字を何度も見つめました。

「大学を出ていたら、もっと選べる仕事があったのに」
ため息ばかりついていた自分がよみがえります。

けれど、年齢を重ねるうちに気付きました。

尊敬すべき人たちは学歴で人を判断しない。
豊かな人生に重要なのは、経験や人柄なんだと。

長年自分を縛ってきた「学歴コンプレックス」から、ようやく解き放たれた瞬間でした。

50代からの学びは、楽しい


先日、卒論発表会に足を運びました。
先輩たちが堂々と研究発表をしている姿を見て、
「いつか私もこの場所に立つんだな」と、少し背筋が伸びる思いがしました。

まもなく、来年度に向けた履修講義を選ぶ時期です。これまでよりも卒業後の自分をイメージしながら、
何を学び、どう活かすのか。
そんな視点を忘れずにいたいと思います。

この1年、講義や課題、仕事との両立は正直大変でした。

それでも「学びって、やっぱり楽しい」と思えるのは、若い頃にはなかった視点で物事を考え、自分の意見に自信を持てるようになったからだと思います。

50代になっても、まだ自分をアップデートできる。

この1年は、間違いなく新しい章の始まりでした。

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この記事を書いた人

金融機関で働きながら、社会人大学生として学び直し中。
フォトやアート、自然とともにある暮らしの魅力、50代からの挑戦を綴ります。

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